ソロモン海域でつかまえて!



サイド3で捕まえて☆ 〜俺がお前でお前が俺で〜

「ガトー、お茶」
「ガトー、肩が凝った」
「ガトー、電球替えといて」

 アナベル・ガトー中尉は思うのでした。

『俺、ここに何しに来たんだろう……。』


 サイド3で捕まえて★ 〜俺がお前でお前が俺で〜


「おい!まだ交換できとらんのか?」
「はっ!た、ただ今……」
「まったく……」

 少し簡単に状況を説明すると、照明がチカチカするとかなんとかでジェーン中佐が電球の交換をガトー中尉に命じたのが5分前。
 で、その照明がどんなものか説明すると、まあ悪趣味と言うか個性的な前世紀の「シャンデリア」風。
 かつ、その照明にいくつの電球が使われているのかと言うと、おおよそ10個。
 いくらなんでも10個を5分でというのは厳しい。さらに、この部屋の天井は少し高いので椅子を持ってくる手間もありますからね。電球はジェーン中佐の部屋にあったらしいですけど。

「角度が様々でやりにくいんですよ」
「く ち ご た え するな!馬鹿者!」
「おわっ!?」

ジェーン中佐は軽く椅子の足を蹴ったつもりだったのですが、運悪くガトー中尉はバランスを崩してしまいました。あーあ。こうなると崩れ落ちてくる長身の中尉を止められるはずも無く……。

 ガターン!

 ま、案の定中尉は床に倒れちゃったのですがそれにジェーン中佐も巻き込まれちゃったみたいです。いたそー……。それより何より中尉は真っ青でしょうね。中佐の報復ほど恐ろしいものは無いですから(ここでジェーン中佐の自業自得だなんて言ったらどうなるやら)。

「いたたた……ガトー……貴様……」
「も、申し訳ありません!!」

 そして何時ものように怒る中佐と謝罪する中尉の声が響くわけなんですが、……あれ?

「ん?ん?」
「……あれ?」

 二人も異変に気がついたようです。

「「なんっじゃこりゃーーー!!??」」



「……また面白いことやってますねアンタたち」
「し、シャア……中佐に向かってアンタなんて……」

 その10分後。例の如くジェーン中佐とのお茶会に来たガルマと、二人をからかう目的のシャアが目にしたのは茫然自失状態のジェーン中佐の姿と、ソファーにつっぷして背中を震わせているガトー中尉の姿なのでした。
 さすがにぎょっとした二人は事情を聞いてみると、

「……信じられんかもしれんが私がジェーン・バーキンだ」と渋い美声で(見た目)ガトー中尉が。
「そしてどうやら俺はジェーン中佐の姿をしてしまっているらしい」と、女性の声で(見た目)ジェーン中佐が。

 そして冒頭の台詞に至るわけです。

「なんでこうなったんです?」
「うむ、それがなシャア。このデカ男が椅子から転げ落ちてついでに私のところまで転がってきて頭を打って」
「ちょっっと待ってください」

 片手を正面に出して、見た目がジェーン中佐のガトー中尉は、見た目がガトー中尉のジェーン中佐の説明を遮ります。ああこの説明、とてもめんどくさいです。

「それ、事実じゃないですよね?私転がってなんていませんから」
「ガルマ、私とガトーのどちらを信じる?」
「えーっと……中身がジェーン中佐」
「……」
「ほれ見ろ」

 なんだか誇らしげな、見た目がガトー中尉のジェーン中佐です。姿だけに着目すればけっこうレアなショットですね。ま、本来ならそういう人なんですけどこのシリーズの中ではレアなんです。

「……まあ、いいです。要するに頭をぶつけて入れ替わったと?」
「そうだ」
「じゃあもう一回ぶつけてみたらいいんじゃないですか?」
「「やった。でもダメだった」」

 シャアの提案はすでに実行されていたようです。そこで名案を思いついたように表情を明るくしたのがガルマ。

「あ、じゃあ“ぶつける”の正反対のことをしてみたら……?」
「「「正反対って?」」」
「……“ぶつけない”?」

 ガルマ、馬鹿です。

「うわーん!!これではどうしようもないではないか!!」
「ちょっ……中身がジェーン中佐!ガトー中尉の姿でわんわん泣かないで下さい!みっともない!」
「そうですよ!ついでに内股で座ってるの正直気持ち悪いです!」
「お前等俺に喧嘩を売ってるのか?」

 憮然とした表情の、「中身はガトー中尉」の意見ももっともですが、確かに上背のある成人男子が声を上げて泣いたり内股でおしとやかに座っている様は不気味以外の何物でもありません。

 コンコン、

 あら?来客のようですね。

「どうぞ」
「中佐が言ってどうすんです。声は中尉なんですから」
「あ、そうか」

 シャアが呆れたようにツッコミを入れますが、お構いなしに扉は開き、来客が姿を現します。

「ジェーン中佐!」

 ノックの音の主は返事がなくても入ってきてたのでしょうね、そう、ギレン・ザビ総帥です。

「兄上!?」
「ん?ガルマか。そこの金髪、シャアと言ったか?まあどうでもいい」
「(どうでもいいのか)」
「それよりジェーン、」
「(また呼び捨てか)」
「……」
「聞こえんのか?ジェーン・バーキン!」
「え?あ!!はっ、はい!」

 何も知らないギレン総帥はジェーン中佐の姿をしているガトー中尉を不思議そうに見つめています。

「具合でも悪いのか?ぼーっとして……」
「いや、なんでもありません!大丈夫です!」
「ならいいが……そうそう、よいシャンパンを手に入れてな、今晩あたり私の部屋に……どうかね?」
「へ?」

 さすがに中身は自分とはいえ上官の体なのですからガトー中尉はジェーン中佐の方をちらちら窺っています。もちろん、ギレンのこの手のアプローチにうんざりしきっている中佐はメッセージを込めた視線を送ります。

『断れ。死んでも断れ』

 背筋が凍りつくような視線を浴びて「中身がガトー中尉」はすぐさま返事をしてしまいます。

「無理です!」
「何?」
「馬鹿者!!」

「中身がガトー中尉」は「角が立つ」という言葉を知らないのでしょうか……。あまりに直球過ぎる言葉です。それにギレン総帥は一瞬驚くのですが、「中身がジェーン中佐」が投げつけてきたクッションにさらに驚きます。ガルマもびびってます。

「おい、私のジェーンに何をする!」
「(断じてお前のじゃねえ!)閣下、信じられないかもしれませんがこの男の姿をしているのが私、ジェーンなのであります」
「いたた……そ、そうなんです。中佐の姿をしてはいますが私がアナベル・ガトーです」
「……何?」
「あ、兄上!中佐の仰ることは本当なんです!僕も最初は驚きましたが……な、シャア?」
「……本当です」

 さすがに、人格が入れ替わったなんて話はにわかには信じられませんが、それでも4人(シャアはほとんど何もいってませんが)の説得の甲斐あってかギレン総帥も一応、納得してくれました。

「ふーむ……それは困ったことだな」
「ええ。さっきからガトー中尉の姿でジェーン中佐が泣いたりしてもう気色悪いのなんのって……」
「あー、それは気持ち悪いな。うん」
「(もはや何も語るまい……)」

 さめざめと涙を流したい気分の、「中身がガトー中尉」をほったらかしてギレン総帥はさらに何事かを言い続けます。

「しかし困ったな。押しに弱いジェーンと言うのも実によい。が、中身がこんなデカ男となると、こう……萎えるな」
「困るのはそこですか」
「真面目な話、元に戻らなかったら軍務などはどうするんです?兄上?」
「ん?そうだな……こうも外見が違っていると簡単には解決できんな。手っ取り早く、今の姿のままの役職を演じて貰う外ないだろう」
「……それはつまり、私がガトーになって」
「……私が中佐職を勤めるということですか?」
「そうだ」

 前世紀の少女マンガのような顔をしてショックを受けた「中身がジェーン中佐」は嫌だ嫌だとダダをこね始めました。

「嫌だー!!せっかくここまで昇り詰めたのに!私はガトーにこき使われたくない!!」
「俺をこき使ってる自覚はあるんですね、一応」
「それのどこがいかんのだ?」
「……ほんとそういうのやめてください」

 やいのやいのと、いつもと違う騒がしさの中、一人黙り込んでいたシャアが口の端に笑みを浮かべながらある提案をしました。

「キスしたら、戻るんじゃないですか?」
「「「「は?」」」」
「ほら、童話の中で王子様がお姫様に、ってやつですよ」
「ガトーは王子様とは程遠いな」
「同意。王子ならこの私が……」
「兄上……」
「やってみる価値はあるかもしれませんよ?元に戻らなくてもいいんですか?」

 半ば恐喝交じりの提案ですが、おそらくシャアはギレン総帥がこの場にいるためにこんなことを言うのでしょう。だって、ギレン総帥がどんな反応をするか、ちょっと私だって見たいですからね。のわりに総帥の台詞は無視してますが。どーでもいいですよね。ジェーン中佐じゃなくてもこの人めんどくさいし。

「ならん!ジェーンの唇は私のものだ!ん……?しかしこの場合どちらがジェーンの唇だ!?」
「ツッコミどころの多い台詞をどうも。でも私の唇は私のものですから」
「ええい!とりあえず姿だけでもジェーン!!」
「ぎゃーー!!!なんで閣下が俺にキスしようとするんですか!!!!」

 ガツン!!

ジェーン中佐の姿をしたガトー中尉に襲い掛かったギレン総帥は、なんとガルマによって後頭部を強打され、床に倒れこみました。

「(ちっ……ガルマの奴……まあいいか)」
「す、すみません兄上……でも……ザビ家の男として今のは……」
「た、助かったぞガルマ……」
「私からも礼を言う(あ、その壺はマ大佐から貰ったお気に入りだったのに……ま、いいか)」
「本当に申し訳ありません…………兄は鬼子です」
「その台詞、妙にカンに触るのは何故だろうな。で、キスしないんですか?」

「も、元にもどるのか?」
「そんなの知りませんよ」
「お前が提案したんだろうが……ガトー、どうする?」
「え?わ、私は……ち、中佐の命とあらば……!」
「……お前等ちょっと出て行け」

 さすがに人前でキスなんて出来ませんよね。ガルマは納得していますがシャアは少し不満気です。けれど言い返したところで事が運ぶわけも無いのでおとなしく二人揃って部屋を出て行きました。

「ほら!さっさと済ませるぞ!」
「は、はい!…………あの、」
「なんだ!」
「上を向いて目を閉じられても今は俺の方が背が低いので……」
「あ……そうか……って!こんなこと女の私からできるはず無かろうが!馬鹿者!」
「(こういうとこ、女の子らしいんだな……)今は俺が女の体ですが……」
「屁理屈を言うなー!!椅子でも持ってきてそれにのればいいだろうが!」
「わ、わかりました!」

 ガタガタと先程の椅子を引きずってきて、ガトー中尉はそれの上に乗ります。さすがに中尉の体のほうが背が高いと言えど、椅子に乗ると少しだけジェーン中佐の体のほうが高くなります。
 すうと深呼吸をしてガトー中尉は自分の体の肩に両手を置きます。顔をしかめたのは、おそらく自分自身にいたすような気がしたからでしょう。ふるふると首を振って、彼は自己暗示を試みました。

「(これはジェーン中佐これはジェーン中佐これはジェーン中佐……)失礼します……」
「……」

 ガトー中尉が身をかがめて瞼を閉じ、もう少しで唇が重なるという時に、ジェーン中佐は軽く目を開けて自分の顔が迫ってくるのを目の当たりにしてしまいました。

「やっぱ無理――!!」

 そして事もあろうに、ガトー中尉を突き飛ばしてしまうのです。

「あああ!?」
「うわっ!こら、放せ馬鹿者!!」

 ガトー中尉は緊張して肩を抱く手に力をこめすぎていたために、突き飛ばしたジェーン中佐も倒れこむ動きに巻き込まれ、またも二人して床に倒れこんでしまいました。

「何事ですか!?」

 大きな音に、廊下で待機していたガルマとシャアも驚いて部屋に飛び込んできます。そして二人が目にしたものは、床に転がる椅子と、ジェーン中佐とガトー中尉。さて、どちらがどちらなのか……。

「また転がったではないか馬鹿者!とりあえずそのでかい体をどけろ!重い!」
「す、すいません!!……ん?」
「あれ?」

 床に這いつくばったまま中佐も中尉も自分の体をペタペタ触って確かめています。怒鳴りつけているジェーン中佐の姿と、謝りまくっているガトー中尉の姿。見慣れた光景……ということは?

「元に……戻った……?」
「みたいだな」

 ガルマは安心したように、シャアは幾分残念そうに口を開いています。どうやらジェーン中佐もガトー中尉も自分の体に戻ったみたいですね。

「よかったー!あ、ガルマ。そこに転がってる総帥をとっとと追い出してくれ」
「あ、はい」
「で、キスして元に戻ったんですか?」

 シャアはニヤリと口元に笑いを浮かべてたずねますが、答えるものは誰もいません。キスなんてせずに元に戻っちゃったのですが、後々めんどくさそうだしこの二人、なんだかんだでキスしてもよかったっぽいですしね。

 シャアもガルマもギレン総帥もいなくなった執務室の中で、二人はふと、同じ事を思うのでした。

『あれがファーストキスにならなくてよかった……のか?』

20081021